人として終わってる

人として終わってる

あなたは人としての最低限の倫理観を持っているだろうか。あるいは、職業倫理を大切にしながら労働に従事しているだろうか。

書くか迷ったけれど、今回は、とあるチェーン店のカフェでの出来事について話していきたい。

もくじ

車いすの人が一人で入店してきたらどうする?

私がそのカフェで座ってコーヒーを飲んでいると、車いすの男性が一人で入店してきた。

そして、当然、椅子が邪魔なので、それを一人でどかそうとし始めた。

「あれ?店員さんは?」と思ってレジを振り向くと、店員はその光景を眺めるだけでボーっとしていた。

慌てた私は席を立ち、「どかしますよ」と言って、椅子を端にどかした。

席に戻った私の頭の中は「???????」で疑問だらけだった。

そして小一時間ほど立ち、その男性が飲み物を一人で片付けようとし始めた。

トレーとグラスを片手で持ち、もう片手で車いすを操作するのはさすがに無理があるだろう。

しかも、椅子も戻さなければならない。

きっと、店員さんが手伝ってくれるよn…

振り返るとレジにいた若い男性は、ただボーっと突っ立っていた。

呆れてものが言えなかった。

私は「片付けておきますよ」と言ってトレーを下げて、椅子を元に戻した。

あなた、何のためにいるの?

私は、このサービス業を全うしないサービス業の従事者に憤慨した。

「突っ立っているだけなら、あなた要らないんですけど?」

もちろん、サービス事業者として合理的配慮の提供が必要だとか、コロナ以降サービス業の質の低下が目立つとか、派生的な論点はいろいろあると思う。

しかし、目の前で困っている人を助けないというのは、サービスを提供する側の意識の低さがどうこうと論じるよりも、そもそも人間として終わっているのではないか、というそこはかとない戦慄を感じたのだ。

だって、その場で一番に助けなくてはならない立場で、かつ、助けられる状態なのに手を差し伸べないなんてナンセンスでしょ。

後から振り返ると、恐怖さえも感じた。

これが今後の日本社会のスタンダードになるのか?

大丈夫なの?

どんな教育受けてきたの?

職業倫理の欠落、人間としての欠落

ところで、なぜ、この若い男性従業員が何も行動しなかったのか、彼の表情を見れば答えは明らかだった。

「あー、早く時間が過ぎないかなぁ。あー、早く仕事終わんないかなぁ」

そんな心理が見え透いていた。

労働者は時間を切り売りするから、この考え方をしてしまうこと自体は分かる。

けれど、職業人には職業倫理がある。そこに誇りがある。

最低限やらなければいけないこと、あるいは絶対にやってはいけないこと。

これは職業倫理として心に刻んで、仕事に従事しなければならない。

どんな職業人にも言えることのはず。

そして、それを踏み外すと、批判される。

それはそうでしょう。結局、職業倫理とは、人としての倫理そのものなのだから。

サービス業の人がサービスしなかったら、どうなる?

言うまでもないでしょう。

件の彼が、若気の至りで済むのであれば良いけれど、個人的な問題だと言い切れるのか。

今の日本社会や東京の風景を見ていて、私にはそう断言できる勇気がない。

「自分さえよければそれで良い」に、どこかで歯止めを掛けなければならないのではないか。

日本人の倫理観が問われているように思う。

音楽新都心 たけ編集長音楽新都心 たけ編集長

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